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東京地方裁判所 平成8年(ワ)3846号 判決

原告 株式会社 X

右代表者代表取締役 A

右訴訟代理人弁護士 畠山保雄

同 武田仁

同 中野明安

同 井上能裕

被告 Y

右訴訟代理人弁護士 後藤峯太郎

主文

一  被告は、原告に対し、金二四万三八九九円及びこれに対する平成七年一〇月一六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告の負担とする。

三  この判決は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

主文と同旨

第二事案の概要

本件は、原告の発行したカードに基づいてした被告の物品の購入が、既に債務超過で、支払の意思及び能力のない状態の下でされており、詐欺に当たるとして、破産宣告(同時廃止)及び免責の決定を受けた被告に対し、不法行為に基づく損害賠償請求がされた事案である。

一  争いのない事実

1  原告は、「X」の商号をもって百貨店を営む株式会社である。

2  被告は、平成四年一二月一四日、原告から、クレジットカード(Ⅰカード。以下「カード」)の発行を受け、原告との間で、左記約定により、カードを利用して原告の指定する加盟店において物品の売渡しを受ける契約を締結した。

(一) 原告は、被告が購入した商品の代金を加盟店に立替払いする。

(二) 被告は、原告に対し、毎月五日締め切り、同月二六日、立替払金を支払う。

3  被告は、カードを使用し、加盟店株式会社aにおいて、別紙記載のとおり、平成五年三月一〇日から同年六月一五日までの間、代金二四万三八九九円相当の商品を購入し、原告は、右代金を支払った。

4  被告は、平成六年六月二八日、当庁において、破産宣告を受け、同時に破産廃止の決定を受け、同年七月六日、免責の決定を受けた(同年九月二二日確定)。

二  争点(原告の主張)

被告は、平成四年六月当時、弁護士に債務の整理を委任し、支払不能の状態にありながら、カードの発行の申し出をし、返済の意思及び能力がないにもかかわらず、前記のとおり、カードを使用して、物品を購入し、原告に立替金相当額の損害を与えた。

三  被告の反論

1  被告は、カード使用当時、病院の看護婦として月収手取り約一八万円を得ており、立替金の支払をする意思がなかったのではなく、カード利用契約の締結(平成四年一二月一四日)後、遅滞が生じたのは、平成五年三月一〇日使用分からである。

2  クレジットカードは、使用当時支払能力のない者が将来得る収入により支払をすることを予定した与信手段として利用されるのであり、債務超過(債務が現有財産を超過している)状態で使用されることは当然に予定されている。その種の消費者信用においては、カードの麻薬的作用により多重債務化が不可避的であるから、貸金業の規制等に関する法律は、特に与信側に対しても、過剰与信の避止義務を課している(一三条)。本件においても、カード利用契約の締結に際して原告が被告の返済能力について調査を尽くしたかどうか、被告が詐術を用いたかどうかが検討されるべく、原告の主張によれば、無知、無思慮のためカードの麻薬性に対して無抵抗なるが故にサラ金地獄に陥った庶民の更生が不可能となる。

第三争点に対する判断

一  被告がカードを使用するまでの経緯について、左記の事実を認めることができる。

1  被告は、平成四年六月当時、看護婦として働き、手取月額約二三万円の収入を得ていたが、約五〇〇万円の債務を抱え、当時の収入では債務の支払が困難となり、債務の整理を弁護士に委任し、その助言により支払をやめたものの、その後、弁護士への連絡を取らなくなり、債務整理にまで至らないままに終わり、同年末には債務は更に二〇〇万円程増加した(甲二、被告本人)。

2  被告は、原告へのカード利用申込みに当たって、他に約七〇〇万円もの債務を負っている事実を告げず、かえって、他に債務を負っていないとの虚偽の事実を伝えて原告からカードの発行を受けた(甲四、被告本人)。

3  被告は、カードの発行を受けた後、食料品及び日用品の購入のためにカードを利用し、平成四年末ころから五年三月一〇日までのものについては、利用代金を工面したものの、本件請求に係る分以降の分については、支払をすることができなかった。

4  被告は、平成六年に至って本件被告訴訟代理人に委任し、前記のとおり、破産宣告を受け、免責の決定を受けた。

二  右認定の事実の下では、被告は、原告に対し、他に約七〇〇万円の債務を負っていることを隠してカードの利用を申し込み、看護婦として働いて得る収入では支払い切れない状態であったにもかかわらず、前記争いのない事実記載のとおり、発行を受けたカードを利用して食料品等を購入し、カード利用代金(原告の立替金)を支払っていないのであり、被告は、支払うことができないことを認識しながらカードを利用して物品を購入し、原告に立替金を支払わせたと認められ、右は不法行為に当たる。

もっとも、被告は、平成四年末から同五年三月一〇日までのカード利用代金については、その金額も明確ではないが、カード利用代金を支払っている。しかしながら、前記認定の被告の債務状態の下では、早晩、カード利用代金の支払をすることができない事態に立ち至ることは、健全な常識を備えた成人であれば、容易に推測することができるというべきである。本件請求に係るカード利用代金も食料品等日常の生活に必要な物品の購入のためのもので、その利用の内容の性質上、被告が決済した利用代金も多額に上るものでないと推認することができ、そのようなカード利用代金の一部について決済した事実は、被告のカードの利用をもって不法行為と認めるのを妨げる程の事情とは言い難い。

三  被告は、カードが債務超過の状態で利用されることが予定されていると主張する。もとより、カード利用者がカードを利用する際に支払が可能な額の金銭を備えていなければ直ちに不法行為となるというものでないことは、多言を要しない。しかしながら、カード利用当時の債務の状態から、利用代金の支払が到底可能であるとは認められない者は、これらの者にカードの利用を許容することにより、信用のみによって成り立っているクレジットカードの仕組みの存立が危うくされ、他の大多数のカード利用者の利益のためにも、カードの利用から厳しく排除してしかるべきである。

被告は、カード発行の際の利用者の信用状態についての調査の不備、不十分を主張するかのごとくであるが、申込人の信用状態については、本人の申告にまつのが最も正確であり、申込人が虚偽の事実を告げたのであれば、責めは虚偽を告げた者が負うべきで、これを信じた者が負う理由はない。

カードの麻薬的作用による多重債務化が不可避であるとの被告の主張も、我が国においては、未だクレジットカードの仕組みが破綻に瀕していると言えないことは公知の事実であり、このことは、とりもなおさず、カード利用者の大多数が自己の負担能力に応じてカードを利用していることを意味する。被告主張の点は、家庭の躾又は学校教育を通じて体得させるべき事柄であり、カード発行会社が申込人の信用状態が危殆に瀕していることを知りながらカードを発行したり、販売店がカードの発行を受けた者とカードの利用者の署名の同一性の確認を怠ったりするなど、利用者以外の者が、クレジットカードの仕組みの基本を破壊する行動をするなどの特別の事情もない限り、自らの信用状態を考慮しない利用者の不始末の負担を負うべき理由はない。

四  以上のとおり、原告の請求は、すべて正当として認容すべきである。

(裁判官 江見弘武)

〈以下省略〉

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